2008年8月27日

朝ごはん

              お菓子のようなガラス、膨大なデータ


                乾燥中のローズマリー

                   こちらはドライフラワー

      社産サツマイモでサツマイモプリン。てんさい糖なので体にも優しい。


正午過ぎ、藤井寺。
京都からやと、藤井寺は約2時間。その道のりを遠いと思うか近いと思うか。

山桜先生と2時間近く上高地について熱く語る。
山桜先生は上高地の絵をパステルで描く。山に登るからこそ、本物の山の絵が描ける。これは私の美意識だけど、物を作るとき、それが本物であるかどうかが胸を打つポイントとなる。いいモノは作り手の魂が宿ると思うし、作り手の目線でもその事を信じたいからだ。とは言え、思いがあまりに強いと、作品自身に怨念めいたイワクが付いてしまいそうだから、本当に綺麗なものを作りたいとか美しいものを描きたいであるとか、気持ちのいいものであってほしいが。
しかし、結局のところ、山のあまりの美しさに絵を描く手を止めて山に登ることもしばしばあるそう。今回の上高地では、私も少しだけドローイングをしたが山の稜線を追ううちに登ったこともない山に登っているような錯覚を覚えた。いい景色を描こうとすることは、ただカメラを構えるより集中できる。情報量が多いと人はついつい記憶の1ページが薄くなるけど、そう言う意味で、風景画を描くことは意味があることなのかもしれない。

話は尽きず、ついつい作業の手が捗らず。先生のガラスのデータ作りの執念に圧巻。

いつも毎度のコースで、藤井寺から天王寺まで車で送ってもらう。
その帰り。
まだまだ夏休み気分の悪がきが工事用の柵を持ってチャリンコをこいでいた。おそらくどこかから盗んできたに違いない。
100%ではないが、子供の言動の背景に親の姿勢が現れてくる。親が愛情を時間やライフスタイルで切り売りしていると、子供の感情の成長が栄養失調する。日本全体でその傾向は否めない。核家族化が主流になり、朝ごはんを食べなくなった子供が途端に多くなった。朝、穀物を食べなければ頭が働かない。そしてイライラしたり、元気が無かったり、糖が足りないからこういった症状が起こる。砂糖が頭にいいと言う安易な意見を鵜呑みにして、甘い菓子やパンを食う。おかげで、糖分の多分な摂取により、近年砂糖漬けの骨抜き人間が増えた。慢性的な低血糖症だ。
朝、ご飯を食べる。山桜先生の受け持つ塾の中学生3分の2がこのことが出来ていない。日本人の学力低下はこのことが関係している。この事実を重く受け止めたエライ人たちは子供達に英語や数学などの科目を押し付け、ますます美術などの授業を減らすだろう。成績が伸びないと保護者の野次が飛ぶ。塾、予備校、詰め込む勉強、勉強勉強勉強・・・。
逃げ場の亡くなった子供達はどうなる?テスト漬けの勉強法が将来なんの役に立つ?
食にこだわりがもてない人間は、生き方も放棄しているといえよう。食べることを軽視してはいけない。今とこれからを作るものは、英語や数学ではない、磨かれた感性と食物からの豊富な栄養。これが根底にあってこそ、生きる元気が満ち、明日に希望が持てるのだ。この国はすでに砂糖漬け、だから仕方がない・か。


上高地は朝4時に起床する。海山は午前中が勝負。
早朝、辺りを散歩する。
植物達は深呼吸をしている。鴨親子が川から上がる。行き交う人たちに挨拶、朝日が昇り、野鳥達が鳴く。腹も鳴る。朝飯の用意。

生き方は自由。それを選べるか、選べないか。