2011年2月12日

甘い奴



月初から続く仕事もひと段落したというのに朝から頭が痛い。また頭痛地獄。割れる痛みを鎮痛剤で止めるのはその場しのぎで何の解決にもなっていない。肩こりと水の滞り、超神経質。生姜湯でも飲んどこ。
うちの生姜湯は、メルカートピッコロのしょうが茶。去年はこの生姜湯を買いまくりそこいら中にばら撒いたおすすめの一品だ。何より体を温めるてんさい糖を使ってあることがうれしい。京都では下鴨本通のフレンドフーズで買えます。このところ食生活がぐずぐずで、特に出歩いた日は糖分を欲してしまう。カフェインもどうも体に堪えるし、そんなときはこの生姜湯がちょうど良い。

砂糖の害は言うまでも無いのだが、世の中に数多と売られている。甘~いデザインのパッケージや洗脳メディアで案外、その危険性が浸透していないのが現状だ。確かに、普段行きなれたスーパーで買い物ができなくなるし健康食品は意外と高い。第一、美味いケーキをなぜ食べてはいけないのか?という話になる。でもそういう人に限って、花粉症だとか集中力がないとか、生活習慣病を怖がっているので不思議だ。「生活習慣」とはっきり言っている。人間は食べなければ生きていけない。まず、外部から入ってくる食べ物を疑わないのはなぜだ?砂糖は虫歯になる、よりも、砂糖がカルシウムを溶かす。イライラしたり、集中力に欠けたりするのもこのためだ。
もっと言えば、砂糖を作っているのは誰だと言うことだ。砂糖といえば、18世紀のイギリス人が富を得た嗜好品。それは植民地の奴隷たちによって作られたものなのだ。フェアトレードチョコレートなどと上から目線のぬるい考えの下には、ことのほか浅い歴史と血と汗にまみれた味が染みていると考えよう。
だからこそ嗜好品を味わうときは、特別な気持ちを感じたい。贅沢は少しだけ、が鉄則だ。チャーリーとナントカ工場に出てくる子供のように、毎日甘いものを食いまくっているとそのうち骨抜きになってしまう。もうなってる人も多いか?
この次は、怖い怖い牛肉のお話。